一時間後、チャイムが鳴った。玄関に向かうと、大くんはスーツ姿で本当に訪ねてきた。パパラッチに狙われる危険な行為だったのに、急いで来てくれたのだろう。玄関に歩いてきた母に向かって「紫藤大樹と申します」と頭を下げた。リビングに通された大くんは、ハッキリとした口調で「結婚させてください」と言うと頭を床につけた。私のために、そこまでしてくれるなんて。「キミ、娘はまだ大学生なんだ。重大なことだとわかっているのか?」「はい。美羽さんを愛しています。順序が正しくないことは承知しております」「アイドルなんだろ? 今、結婚したら仕事はどうするんだ。守っていけるのか?」「……」大くんは、じっと父を見つめると何も言えなくなってしまった。「子供を産むのは絶対に許さない。堕ろしてもらう。そして、娘に一生会うな」父は絶対に譲らないと言った言い方だった。「お父さん、嫌っ。私は……産みたいの!」「美羽。冷静になりなさい」ものすごく強い口調で咎められる。「どんな状況になっても美羽さんと、子供を命がけで守ります。貧乏生活になるかもしれませんが、絶対に努力して」「貧乏させるために、一生懸命育てたわけじゃない。ふざけるな! 人の娘のことを何だと思っているんだ」大くんは、私の手をギュッと握った。「美羽。俺のこと信じて」「大くん」父は激怒して立ち上がり、大くんの頬を思い切り殴った。正座していたのに、倒れていく。「大くんっ!」駆け寄る私は父を睨む。「最低!」「帰りなさい。帰れ!」父は大くんに向かって大声で叫んだ。大くんはゆっくり立ち上がる。「今日は突然のことで本当に申し訳ありませんでした。理解していただけるまで、通います。俺は、真剣です」私は家に帰ることが許されず、実家にしばらくいることになった。携帯も奪われてしまい、誰とも連絡を取れない状態にされたのだ。泣いた。ずっと泣いていたけれど、父親も母親も、私への愛があるからこそ怒っているのだと感じる。でも、こんな状態で生きているなんて辛すぎて、食べることもできない状態だった。
実家に来て三日目。母と二人で、リビングにいた。何も話さないまま黙ってテレビを見ていると大くんが映り、母は電源を消した。「今、何週なの?」「十二週……」「あまり時間が無いわね。美羽、どうしても産みたい?」「うん」「紫藤さんと結婚できないかもしれないし、一生、彼と会えないかもしれない。それでも?」一生会えなくなるということはどういうことなのだろう。会えないなんて苦しくて辛くて、私は耐えられるだろうか。それが許されないのなら、子供は下ろさなきゃいけないっていうことだろうか?もしそうなら……大好きな人に一生会えなくても、それでも、私は赤ちゃんを産みたい。辛くても、苦しくても……。「お父さんは、いろいろ考えてくれたんだと思う。二人にとって一番いい未来を。娘をあんなに愛してくれて……嬉しいよ。でも、彼の仕事は人気商売。夢を与えることなのよ」「……うん」まさか、自分がシングルマザーになるなんて考えてもいなかった。「子供を一人で産んで育てていくというのはものすごい覚悟なの。簡単なことではない。母親の先輩として私から言えることはそれだけよ。よく考えなさい」「……わかった」でも、心の中ではまだ、大くんが迎えに来てくれると期待しているのかもしれない。
そんな話をした夜。父が帰ってきた頃、突然の来客が来た。母が玄関に向かっていく。こんな時間に誰が来たのだろうか。しばらくしても玄関から戻ってこない母の様子を父が見に行った。私も気になって玄関まで行くとそこにはCOLORのメンバー黒柳さんと、赤坂さんと大人の女性がが立っていた。「COLORの所属している事務所の社長さんだって」母が父に向かって言う。「上がってもらいなさい」応接室に入ってもらうと母はお茶を出した。「お構いなく」彼女は名刺を差し出してテーブルの上に置いた。「事務所社長の大澤穂希と申します」年齢は三十代だろうか。とても美人な女社長だ。「うちの大事な商品に、傷をつけたお詫びをしていただきたく参りました」「……と、言いますと?」「顔に傷がついておりまして、仕事をいくつかキャンセルさせたので」父は怒りのあまり手をあげてしまい、顔が赤く腫れてしまったのだろう。痛くないだろうか大丈夫かと心配になる。「うちの大事な娘を妊娠させておいて、なんですかそれ」父は冷静な口調だったけれど怒りをなんとか抑えているかのようだった。「ええ。お互いにとって一番いいのは、中絶だと思います。お嬢様の将来のためにも」「嫌です」咄嗟に言い返すと、大澤さんは笑顔を向けてきた。笑っているのにひどく冷たいものだ。「日本中に愛されるべき男をそんなにも、独り占めしたいの?」「……」まさかそんなこと言われるとは思わなかった。独り占めしたいだなんて思っていない。できることなら芸能界の仕事を続けてもらって、その上で結婚も認めてもらいたい。でもそんなに簡単なことではないのだろう。言葉に詰まり私は瞳を白黒させた。「俺らの夢を壊さないでください」赤坂さんが真剣な眼差しを向けてこちらを見てくる。自分の幸せが人の夢を壊す……。そんなこと、考えもしなかった。「帰ってください」今まで黙っていた母が震えながら言う。「お腹の子供には罪はありません。子供のことは、私たち家族で考えます。不安定な職業の男性と結婚なんてさせられませんし、今後一切関わらないことを約束します。紫藤さんにも娘のところには会いに来ないでと伝えてください」「ええ。同意見です」ニコッと笑った大澤さんは封筒を差し出した。「少ないですが、お詫びの印です」父は封筒を押し返した。「いりません」「
*大くんに会えなくなって一週間が過ぎた頃、実家近くの公園で空を見ていた。定期検診に行ってきた帰りで歩くのは疲れたので少し休むことにしたのだ。すると人が近づいてきた。誰だろうと顔をよく見ると大澤さんだった。まさかこんなところに現れると思わなかったので驚いて固まってしまう。「こんにちは」「……っ」「まだ、お腹にいるの?」「……」私が座っているベンチの隣に腰を降ろした大澤さんは、私に日傘を差してくれる。「愛してるのね。紫藤を愛してくれて本当に、ありがとう」柔らかい声が耳に届いて驚いた私は、思わず大澤さんを見てしまった。「この前は失礼な言い方してごめんなさいね。紫藤は、本当に才能がある男なの。きっと十年後には国民的芸能人になっていると思うわ。歌だけじゃなくて、演技も、番組の司会もできるマルチタレントになっていると思う」柔らかな風が吹く。だけど、それが切なくて泣きそうになった。「今は小さな種かもしれない。だけど、間違いなく大きく花が咲くわ。あなたなら、近くで見ていたからわかるでしょう? 彼はたくさんの人に愛される人間。そしてたくさんのファンを幸せにすることができる力を持っている人。この世界にはね結婚もタイミングがあるのよ。祝福される時と、憎まれる時期とね……」コクリとうなずいた。痛いほどわかる。大くんは、スターになるべくして生まれた人なのだ。どう考えたって今は結婚するタイミングではない。「その彼の可能性を、あなたが奪っていいの? 大事な芽を潰してもいいの? 愛しているなら、身を引くって選択もあるのよ。静かに見守る愛もあるの。女としてそういう愛し方もあるのよ」涙がポロッと落ちた。ハンカチをさっと出してくれる。「紫藤も辛いはずよ。だからね、あなたに憎まれ役を演じてもらいたいの」「どうやって、ですか?」「手紙を書いてもらえないかな。中身は嘘だらけになるかもしれないけれど」「嘘?」そういうことだろうと思って私は首を傾げた。「紫藤との結婚よりも、未来の安定を選びましたって」「……」「辛い思いをさせて本当に本当に、申し訳ないわ」大澤社長はこの前実家に訪れた時とは印象が違って、少し理解のある人に見える気がした。「……わかりました」手紙を書いて、大澤さんへ郵送することを約束した。私は……大くんの幸せと、COLORの夢、た
家に帰って手紙を書いていると、母が帰ってきた。公園で大澤さんに会ったことを伝える。「そう……」「でもね、もう少しギリギリまで赤ちゃんのことは考えさせて。お母さん……わがままな娘でごめんね」「美羽」ギュッと抱きしめてくれた。「女として産みたいのは、わかる。……お母さんと一緒に育てようか?」「いいの?」「うん。お父さんはなかなか許してはくれないだろうけど、お父さんを一緒に説得しよう」「ありがとう……お母さん」抱きしめ合って、涙を流した。もう、メソメソしていられない。お腹の子供のために、頑張らなきゃ。二日後、手紙を書き終えた。『紫藤様短い間でしたがお世話になりありがとうございました。私は自分の将来を考えて、子供は産まない決断をしました。このことは一生誰にも言わない秘密にします。仕事に励んで頑張ってください。さようなら』涙を流しながら封をした。ポストに投函する瞬間。もう、永遠に大くんに会えないのだと思うと、悲しくて逃げ出したかった。「大くん……」短い期間だったけど、見つけてくれて、愛してくれてありがとう。絶対に、スターになって幸せを世の中に届けてください。大くん笑顔、怒った顔、泣きそうな顔、リラックスした顔、キスした直後の照れた顔がフラッシュバックのように蘇った――。ストンと手紙はポストの底に落ちた。さようなら、大くん。その後、私が住んでいたアパートは引き払って実家で暮らしはじめた。新しい携帯にして真里奈に連絡を取り、しばらく実家にいることを伝える。『そうだったのね。心配したよ。でも、産む決意をしたんだね。安産を祈ってるから』大学は夏休み期間中を終える前に、休学手続きを取ることにした。母子手帳をもらって、私は生まれてくる名前を考えていたりしている。女の子かな。男の子かな。出産への不安はあるけれど、やっぱり、楽しみだ。早く、成長しないかな。会いたいな。母が私を妊娠中、こんな気持ちだったのだろうか?悲しい中でも、前向きに頑張ろうと思っていた。これから私は母を説得した。なかなか首を縦には振ってくれなかったけれど、最後には宿った命には罪がないと理解をしてくれ、実家で産んで育てることを許してくれたのだ。
*九月になり私は強い腹痛に襲われて実家の部屋の中でうずくまった。母は心配してすぐに救急車を呼んだ。運ばれて担当の医者がすぐに体の様子を見てくれる。お願い。私と大くんの大事な大事な赤ちゃんを助けてください。祈るような気持ちで検査を受けていた。医師は表情を明らかに曇らせた。嫌な予感がした。ざわざわして仕方がない。もしかしてお腹の中で無事に成長していないのだろうか。「……どうかしましたか?」「胎児の活動が停止しています」「……え? どういう意味ですか?」「残念ながら、流産したということになります」あまりにも残酷すぎる言葉が降ってきた。どうして、どうして。「信じられないです……!」声を張り上げて泣いたのは、はじめてだったかもしれない。赤ちゃんの心臓は……もう、動かなかった。出血が多く強い腹痛があったため手術をすることになり、私は緊急入院したのだ。母が付き添ってくれ、私は手術室へと向かった。手術はあっという間に終わり、気がつけば私はベッドの上で眠っていた。そっと瞳を開くと病室に母がいてくれた。お腹に手をあてる。もう、いないんだ……赤ちゃん。大くんの赤ちゃん……。母は私の手をギュッと強く握ってくれた。閉じている瞼から、涙がこぼれ落ちる。「あなたなら、乗り越えられる試練なのよ」「試練……」「美羽を強くしてくれるために、赤ちゃんは宿ったの」「怒らないの? 避妊に失敗してって」「いっぱい怒ったでしょう。二人が愛し合っていたのはわかっているから……もう、怒れない」すごく優しい表情で頭を撫でてくれる。母親の偉大さを知ってジーンとした。「今眠ってる間に夢を見たの」「夢?」「女の子だった。たんぽぽに囲まれて、可愛い顔した……大くんにそっくりの赤ちゃん」「そう」「にっこりしてたの。ママ、大好きって言っているような気がしたよ」母は黙って話を聞いてくれていた。
次の日も母はパートを休んで付き添ってくれた。退院手続きを終えて病院の自動ドアを出た。太陽の日差しが強くてまだまだ暑い日が続きそうだ。病院を出ると元気に伸びたたんぽぽがあった。しゃがんで摘む。「はな……」「ん?」「はなが……見守ってくれている気がするよ、お母さん」「そうね……」私はそのたんぽぽを押し花しおりにして、お守りのようにして持ち歩いた。大学を辞めてもいいと言ってくれたけれど、通う決意をして夏休みを終えると普通の大学生になった。実家から通うのはちょっと大変だけど、一人になる勇気はなかった。真里奈も今まで通り接してくれたし、私は勉強を頑張ろうと思う。両親にたくさん迷惑をかけてしまったから……恩返ししたい。私は何事もなかったかのように四年生の大学を卒業し、一般の学生と同じようにリクルートスーツを着て就職活動をした。将来何をしたいのかとか、夢がなかったけれど企業に入社してとにかく仕事に励みたいとの思いが強かった。そして私はフルーツ大手メーカーの甘藤に入社した。大くんは、月曜夜九時のドラマに出るらしい。……けど、見ない。世間の話題についていけなくても、見たくない。果物のように甘いだけじゃない、苦くて、辛い恋はもう思い出したくない。きっと……。もう、大くんと私の人生は交わることがないだろう。過去のことに執着したって、苦しくなるのは自分だし。大くんだって、結果、スターの階段を上がっていて、幸せになっている。好きな者同士が、一緒にいることだけが幸福じゃない。……と、言い聞かせながら私は自分の新しい人生を歩みはじめていた。
第二章 再会は最悪で最低「マンゴーって美味しいですよね。大好きなんでこの仕事の話を聞いてから、今日が楽しみで仕方がなかったんですよ」「そう言っていただけると嬉しいです。紫藤さんのコマーシャルを見てこの夏はマンゴーが食べたくなる人が多いのではないでしょうか?」「そうなるといいですね」会話している二人の姿を私は後ろから眺めながらついて行った。エレベーターに乗って打ち合わせ室まで向かう間、一気に過去が蘇り泣きそうになった。必死で忘れようとした過去なのにふつふつと記憶が沸き上がってくる。すごく、息苦しい。落ち着け、私……。打ち合わせ室について私と杉野マネージャーは大くんと向い合って話をはじめる。杉野マネージャーが説明を開始すると、大くんは真剣な表情に変わる。昔は大くんをじっと見つめていると、顔を上げて目が合うとニコッと笑ってくれた。『美羽。どうしたの? 俺のことがそんなに好きなんだ?』優しい声で問いかけてきて、ギュッと抱きしめてくれた。大人になった大くんは、魅力が増している。あの腕に抱きしめられたら、一気にキュンキュンして心臓麻痺を起こしてしまうかもしれない。世間の女性が憧れるのもうなずける。外見だけでなく番組に出て彼のキャラクターも前面に押し出されているので人気の要因なのかもしれない。「ここからすぐ近くのスタジオで十一時から十三時まで写真撮影を行います。終了後、車で移動しながら昼食を摂っていただき、十四時から海辺での撮影をさせていただきます。十七時からはスタジオでの動画撮影を行い、その日にすべて撮り終える予定ですが、海での撮影は翌日の朝、足りないカットを撮って終了です。ハードスケジュールになりますが、よろしくお願いします」「わかりました」「我社としても力を入れている商品ですので、紫藤様に期待しております」杉野マネージャーの仕事をしている姿は、さすがビジネスマンって感じで見習うところがいっぱいある。私もいずれやらなきゃいけないことなんだよね。「では、早速移動していただきます。お車を手配させて頂いておりますので」立ち上がった大くんは、私を見下ろす。ビクッとなって視線を逸らすと、何も言わずに歩み出した。何か言いたそうな感じがするのは、気のせいだろうか。
赤坂side「話って何?」俺は、結婚の許可を取るために、大澤社長と二人で完全個室制の居酒屋に来ていた。大澤社長が不思議そうな表情をして俺のことを見ている。COLORは一定のファンは獲得しているが、大樹が結婚したことで離れてしまった人々もいる。人気商売だから仕方がないことではあるが、俺は一人の人間としてあいつに幸せになってもらいたいと思った。それは俺も黒柳も同じこと。愛する人ができたら結婚したいと思うのは普通のことなのだ。しかし立て続けに言われてしまえば社長は頭を抱えてしまうかもしれない。でもいつまでも逃げてるわけにはいかないので俺は勇気を出して口を開いた。「……結婚したいと思っているんだ」「え?」「もう……今すぐにでも結婚したい」唐突に言うと大澤社長は困ったような表情をした。ビールを一口呑んで気持ちを落ち着かせているようにも見える。「大樹が結婚したばかりなのよ。全員が結婚してしまったらアイドルなんて続けていけないと思う」「わかってる」だからといっていつまでも久実を待たせておくわけにはいかないのだ。俺たちの仕事は応援してくれるファンがいて成り立つものであるけれど、何を差し置いても一人の女性を愛していきたいと思ってしまった。「解散したとするじゃない? そうしたらあなたたちはどうやって食べていくの? 好きな女性を守るためには仕事をしていかなきゃいけないのよ」「……」社長の言う通りだ。かなりの貯金はあるが、仕事は続けていかなければならない。俺に仕事がなければ久実の両親も心配するだろう。
司会は事務所のアナウンス部所属の方のようだ。明るい声で話し方が柔らかいいい感じの司会だ。美羽さんと紫藤さんがゆっくりと入場してきた。真っ白なふわふわのレースのウエディングドレスを着た美羽さんはとても可愛らしい。髪の毛も綺麗に結われていて、頭には小さなティアラが乗っかっている。二人は本当に幸せそうに輝いている笑顔を浮かべていた。きっと過去に辛いことがあって乗り越えてきたから今はこうしてあるのだろう。二人が新郎新婦の席に到着すると、紫藤さんが挨拶をした。「皆さんお集まりくださりありがとうございます。本当に仲のいい人しか呼んでいません。気軽な気持ちで食事をして行ってください」結婚パーティーではプロのアーティストだったり、芸人さんがお笑いネタをやってくれたりととても面白かった。自由時間になると、美羽さんが近づいてきてくれる。「久実ちゃん、今日は来てくれてありがとう」「ウエディングドレスとても似合っています」「ありがとう。また今度ゆっくり遊びに来てね」「はい! お腹大事にしてください」「ええ、ありがとう」美羽さんのお腹の赤ちゃんは順調に育っているようだ。早く赤ちゃんが生まれてくるといいなと願っている。美羽さんと紫藤さんは辛い思いをたくさんしてきたらしいので、心から幸せになってほしいと思っていた。アルコールを楽しんでいる赤坂さんに目を向ける。事務所が私との結婚を許してくれたらいいな。でも、たくさんファンがいるだろうから、悲しませてしまわないだろうかと考えてしまう。落ち込んでしまうけど、希望を捨ててはいけない。必ず大好きな人と幸せになりたいと心から願っている。そして今まで支えてくれたファンの方たちにも何か恩返しができればと思っていた。私が直接何かをすることはできないけれど陰ながら応援していきたい。
◆今日は美羽さんと、紫藤さんの結婚パーティーだ。レストランを借り切って親しい人だけを選んでパーティーをするらしく、そこに私を呼んでくれたのだ。ほとんど会ったことがないのにいつも優しくしてくれる美羽さん。忙しいのにメッセージを送るといつも暖かく返事をしてくれる。そんな彼女の大切な日に呼んでもらえたのが嬉しくてたまらなかった。私は薄い水色のドレスを着てレストランへと向かった。会場に到着して席に座ると、私の隣に赤坂さんが座った。「おう」「……こ、こんにちは」「なんでそんなに他人行儀なの?」ムッとした表情をされる。赤坂さんと結婚の約束をしたなんて信じられなくて、今でも夢かと思ってしまう。「なんだか……私たちも婚約しているなんて信じられなくて」「残念ながら本当だ」「残念なんかじゃないよ。すごく嬉しい」赤坂さんはにっこりと笑ってくれた。そしてテーブルの下で手をぎゅっと握ってくれる。誰かに見られたらどうしようと思いながらドキドキしつつも嬉しくて泣きそうだった。「少し待たせてしまうかもしれないけど俺たちももう少しだから頑張ろうな」「うん」大好きな気持ちが胸の中でどんどんと膨らんでいく。こんなに好きになっても大丈夫なのだろうか。小さな声で会話をしていると会場が暗くなった。そしてバイオリンの音楽が響いた。『新郎新婦の入場です』
「病弱でいつまで生きられるかわからなくて。私たち夫婦のかけがえのない娘だった。その娘を真剣に愛してくれる男性に出会えたのだから、光栄なことはだと思うわ」お母さんの言葉をお父さんは噛みしめるように聞いていた。そして座り直して真っ直ぐ赤坂さんを見つめた。「赤坂さん。うちの娘を幸せにしてやってください」私のためにお父さんが頭を深く深く下げてくれた。赤坂さんも背筋を正して頭を下げる。「わかりました。絶対に幸せにします」結婚を認めてくれたことが嬉しくて、私は耐えきれなくて涙があふれてくる。赤坂さんがそっとハンカチを手渡してくれた。「これから事務所の許可を得ます。その後に結婚ということになるので、今すぐには難しいかもしれませんが、見守ってくだされば幸いです」赤坂さんはこれから大変になっていく。私も同じ気持ちで彼を支えていかなければ。「わかりました。何かと大変だと思いますが私たちはあなたたちを応援します」お母さんがはっきりした口調で言ってくれた。「ありがとうございます」「さ、お茶でも飲んでゆっくりしててください。今日はお仕事ないんですか?」「はい」私も赤坂さんも安心して心から笑顔になることができた。家族になるために頑張ろう。
「突然押しかけてしまって本当に申し訳ありません」赤坂さんが頭を下げると、お父さんは不機嫌そうに腕を組んだ。赤坂さんは私の命を救ってくれた本当の恩人だ。お父さんもそれはわかっているけれど、どうしても芸能人との結婚は許せないのだろう。赤坂さんが私のことを本気で愛してくれているのは、伝わってきている。私の隣で緊張しておかしくなってしまいそうな雰囲気が伝わってきた。「お父さん、お母さん」真剣な声音で赤坂さんはお父さんとお母さんのことを呼ぶ。お父さんとお母さんは赤坂さんのことを真剣に見つめる。「お父さん、お母さん。お嬢さんと結婚させてください」はっきりとした口調で言う姿が凛々しくてかっこいい。まるでドラマのワンシーンを見ているかのようだった。「お願い、赤坂さんと結婚させて」「芸能人と結婚したって大変な思いをするに決まっている。今は一時的に感情が盛り上がっているだけだ」部屋の空気が悪くなると、お母さんがそっと口を開いた。「そうかしら。赤坂さんはずっと久実のことを支えてくれていたわ。こんなにも長い間一緒にいてくれる人っていない。芸能人という特別な立場なのに、本当に愛してくれているのだと感じるの。だから……お母さんは結婚に賛成したい」お母さんの言葉にお父さんはハッとしている。私と赤坂さんも驚いて目を丸くした。お母さんはお父さんの背中をそっと撫でる。「あなたが久実のことを本当に大事に思っているのは一番わかるわ。可愛くて仕方がないのよね」「……あぁ」父親の心が伝わり泣きそうになる。
慌ててインターホンの画面を覗くと、宅急便だった。はぁ、びっくりさせないでほしい。ほっとしているが、残念な感情が込み上げてくる。どこかで赤坂さんに来てほしいという気持ちもあるのかもしれない。ちょっとだけ、寂しいなと思ってしまう。私は赤坂さんと結婚するのは夢のまた夢なのだろうか。お母さんが言っていたように二番目に好きな人と結婚しろと言われても、二番目に好きな人なんてできないと思う。ぼんやりと考えているとふたたびチャイムが鳴った。お母さんがインターホンのモニターを覗くと固まっている。その様子からして私は今度こそ本当に本当なのではないかと思った。「……あなた。赤坂さんがいらしたんだけど」「なんだって」部屋の空気が一気に変わった。私は一気に緊張してしまい、唇が乾いていく。赤坂さんが本当に日曜日に襲撃してくるなんて思ってもいなかった。冗談だと思っていたのに、来てくれるなんてそれだけ本気で考えてくれているのかもしれない。「久実、お父さんとお母さんのことを騙そうとしていたのか」「違うの。赤坂さんお部屋に入れてあげて。パパラッチに撮られたら大変なことになってしまうから」お父さんとお母さんは仕方がないと言った表情をすると、オートロックを解除した。数分後赤坂さんが部屋の中に入ってくる。今日はスーツを着ていつもと雰囲気が違っている。手土産なんか持ってきちゃったりして、芸能人という感じがしない。松葉杖を使わなくても歩けるようになったようだ。テーブルを挟んでお父さんとお母さん向かい側に私と赤坂さんが並んで座った。
家に戻り、落ち着いたところで携帯を見るが久実からの連絡はない。もしかしたら、両親に会える許可が取れたかと期待をしていたが、そう簡単にはいかなさそうだ。久実を大事に育ててきたからこそ、認めたくない気持ちもわかる。俺は安定しない仕事だし。でも、俺も諦められたい。絶対に久実と結婚したい。日曜日、怖くて不安だったが挨拶に行こうと決意を深くしたのだった。久実side日曜日になった。朝から、赤坂さんが来ないかと内心ドキドキしている。今日に限って、お父さんもお母さんも家にいるのだ。万が一来たらどうしよう。いや、まさか来ないよね。……いやいや、赤坂さんならありえる。私は顔は冷静だが心の中は忙しなかった。もし来たら修羅場になりそう。想像すると恐ろしくなって両親を出かけさせようと考える。お父さんは新聞を広げてくつろいでいる。「お父さん、どこか、行かないの?」「なんでだ」「い、いや、別に……アハハハ」笑ってごまかすが、怪しまれている。大丈夫だよね。赤坂さんが来るはずない。忙しそうだし、いつものジョークだろう。でも、ちゃんとお父さんに会ってもらわないと。赤坂さんと、ずっと、一緒にいたい。ランチを終えて食器を台所に片付けに行くと、チャイムが鳴った。も、もしかして。本当に来ちゃったの?
久実を愛しすぎて、彼女のウエディングドレス姿ばかり、想像する日々だ。世界一似合うと思う。純白もいいし、カラードレスも作りたい。もちろん結婚がゴールではないし結婚後の生活が大事になってくる。つらいことも楽しいことも人生には色々あると思うが彼女となら絶対に乗り越えて行ける自信があった。ただ……俺も黒柳も結婚をすると、COLORは解散する運命かもしれない。三人とも既婚者のアイドルなんてありえないよな。大事なCOLORだ。ずっと三人でやってきた。大樹だけ結婚をして幸せに過ごしているなんて不公平だと思う。あいつが辛い思いをしてきて今があるというのは十分に理解しているから、祝福はしているが、俺だって愛する人と幸せになりたい。グループの中で一人だけが結婚するというのはどうしても腑に落ちなかった。だから近いうちに事務所の社長には結婚したいということを伝えるつもりでいる。でもそうなるとやっぱり解散という文字が頭の中を支配していた。解散をしても、俺は久実を養う責任がある。仕事がなくなってしまったら俺は久実を守り抜くことができるのだろうか。不安もあるが、久実がそばにいてくれたら、どんな困難も乗り越えられると信じていたし、絶対に守っていくという決意もしている。
赤坂side音楽番組の収録を終えた。楽屋に戻ると、大樹は美羽さんに連絡をしている。「終わったよ。これから帰るから。体調はどうだ?」堂々と好きな人とやり取りできるのが、羨ましい。俺は、久美の親に結婚を反対されているっつーのに。腹立つ。会うことすら許してもらえない。大きなため息が出てしまう。私服に着替えながらも、久実のことを考える。久実を幸せにできる男は、俺だけだ。というか、どんなことがあっても離さない。俺は久美がいないと……もう、生きていけない。心から愛している。どんな若くて綺麗なアイドルなんかよりも、世界一、久実が好きだ。どうして、久実のご両親はこんなにも反対するのか。俺に大切な娘を預けるのは心もとないのだろうか。なんとしても、久実との交際や結婚を認めてほしい。一生、久実と生きていきたいと思っている。俺のこの真剣な気持ちが伝わればいいのに……。日曜日に実家まで押しかけるつもりでいた。 強制的に動かなければいけない時期に差し掛かってきている。 苛立ちを流し込むように、ペットボトルの水を一気飲みした。「ご機嫌斜め?」黒柳が顔を覗き込んでくる。「別に!」「スマイルだよ。笑わないと福は訪れないよ」「わかってる」クスクス笑って、黒柳は楽屋を出て行く。俺も帰ろう。「お疲れ」楽屋を出てエレベーターに乗る。セキュリティを超えて ドアを出るとタクシーで帰る。一人の女性をこんなにも愛してしまうなんて予想していなかった。自分の人生の物の見方や思考を変えてくれたのは、間違いなく久実だ。きっと彼女に出会っていなければ、ろくでもない人生を送っていたに違いない。